2015年 12月16日〜31日
12月16日 ロビン〔調教ゲーム〕

 護民官府のジェリーという捜査員は面白い親父だった。小柄で、ぶっきらぼうで、気難しそうだが、ケイにだけは親切だ。

 フィルが幽霊話の出所を話し、自分たちにも証拠の分析結果を見せろと言うと、

「お話は傾聴するが、捜査のほうはまかせてほしい。ミステリー・マニアならもう間に合ってるんでね」

 とにべもなかったが、ケイが同じことを頼むと案内した。

「今回はサービスだ」

 エリックがこっそり言った。

「いいわけするわけじゃないが、ケイはああやって人をたらす。いつか泣きをみるぞ」


12月17日 ロビン〔調教ゲーム〕

 別室のデスクの上にビニール袋に入った品物が散らばっていた。

「おれのキモノ……」

 エリックがビニール袋に入った焦げた布を見て顔をしかめる。

「おい、これジュバンじゃないか」

 ケイが言う。

「てっきり安いユカタかと」

「マスターがクリスマスプレゼントにくれたんだ」

「バカだなあ」

 フィルはコンドームを見て言った。

「精液は?」

「出たが、データがない。犬のものじゃない」

 あと、これは? とフィルが小さいビニールを取る。中に象牙色の破片が入っていた。


12月18日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ジェリーは言った。

「地下にあった。事件に関係があるかわからん」

「何かご存知ですか」

 フィルは言った。

「これはお守りの一部です。われわれはさっき、同じものを腰に下げている人物を見た」

「!」

「幽霊話を振りまいた張本人、プロイ氏です。さっきこのカケラを探しに来ていましたよ」

 ジェリーははじめてフィルに目を向けた。

「あそこに来たのか」

「何か探しに。それともうひとり、変な男がいましたね」

「?」

「スキンヘッドのハスターティ兵。現場検証中の屋敷の中から出てきた。警備兵なのに」


12月19日 ロビン〔調教ゲーム〕

 プロイ氏とスキンヘッドのハスターティ兵が護民官府に呼ばれた。

 護民官府には、刑事ドラマで出てくるようなマジックミラー付きの部屋はない。おれたちは別室で結果が出るのを待っていた。
 おれはフィルに聞いた。

「なんでわかったんだ」

「事件がちぐはぐだから」

 フィルはジェリーに自分の推理を話した。
 それによると、プロイ氏はイルカ御殿の地下室で男と密会していたというのだ。

「犬のボウル、コンドーム。まだDNAのとれる新しい精液。そして、お守りのカケラ」


12月20日 ロビン〔調教ゲーム〕

 フィルの推理では、プロイ氏はハスターティ兵と会っていた。

 地下室でSMプレイを楽しんでいるところに、散歩にきたヒマ人が落ちてきた。

 ふたりはうろたえた。ヒマ人を閉じ込めて逃げた。

 が、おそらくプロイ氏が、この後、ヒマ人を解放して、醜聞が広まるのを恐れ、家に火をつけた。

 ジェリーはフィルに聞いた。

「メモを寄越した件はどうする」

「メモは後から書いた。火をつける前に穴から落としておいた。あるいは救急車で運ばれるどさくさに、ポケットに突っ込んでおいたんです」


12月21日 ロビン〔調教ゲーム〕

 おれはすっかり感心して友を見つめた。
 たしかにこの男は賢い。おれよりはモノを考えている。
 だが、待っている間にエリックがぼそっと言った。

「なあ、思い出したんだが」

「?」

「あそこにエレベーターの大穴があったろ。あれ、危険だろ」

「なんだ、今頃」

「おれもなぜ危険だと思わなかったんだろ、ってさっき考えてたんだが、――最初、椅子があったんだ」

 フィルが見返した。

「どういうことだ」

「穴のまわりにバリケードみたいに椅子が置かれていた。だから、おれも気にとめなかったんだ」


12月22日  ロビン〔調教ゲーム〕

 おれは言った。

「火事の時、椅子なんかなかったぞ」

「なかった。考えてみたら、仕込みをしに行った時もなかったんだ」

「!」

「待て」

 おれは止めた。

「あんたが最初に下見に行ったのは?」

「火曜日。椅子があった。木曜日、斧をもっていった時、椅子がなくなってた」

 フィルがおどろき、立ち上がった。

「それなら、さっきの話は破綻だ!」

 その時、ドアが開いた。ジェリーの小柄がぬっと入ってきた。

「浮気はあのタイ人じゃなくて、ワン公のほうだったぞ」


12月23日   ロビン〔調教ゲーム〕

 ジェリーの話によると、プロイ氏はJJの浮気に気づいていた。

 JJは巡回にくるスキンヘッドのハスターティ兵とイルカ御殿で会っていた。プロイ氏は幽霊話を出し、向かいの家に入らないよう暗にたしなめていたが、JJはのんきにもただのオバケ話としかとらなかったようだ。

 そのうち、火事が起きて現場検証がなされた。JJのお守りが消しゴムに代わっているのを見て、プロイ氏はJJが疑われては、とお守りを探しにきたらしい。


12月24日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ケイが聞いた。

「プロイ氏の作り話である可能性は?」

「さっきハスターティ側に確認をとった」

 ジェリーは言った。

「土曜日、空き家を見回りに行ったハスターティが浮気犬らしい金髪の小僧を中庭で見ていた。庭を這い回って何か探していたと」

「土曜日?!」

 ケイが聞き返した。

「火事の日じゃないですか!」

「ところがJJがいたのは3時ごろだ。ハスターティに声をかけられて、泡食って逃げた。缶か何か踏んですっ転んで、コントみたいな逃げ出しぶりだったとさ」

 おれはJJの肘の傷を思い出した。


12月25日 ロビン〔調教ゲーム〕

ケイは残念そうに聞いた。

「間違いはないんですね」

「ああ、放火時刻はタイ人の友だちが夕食に来ている。JJはその給仕をしていたそうだ」

「見回りのハスターティはそういう出来事を記録してないんですか」

 ジェリーはぼさぼさの眉をしかめた。

「あのハゲ――浮気相手当人が、記録した、と嘘ついてたんだよ」

「……」

 まあ、なかなかドラマみたいにうまくはいかないものだ。フィルも沈鬱なため息をついた。

「これはもう、キースの言うとおり、悪霊の仕業かな」

 悪霊? とジェリーが眉をあげた。


12月26日 ロビン〔調教ゲーム〕

 キースの話をすると、ジェリーはブハッと吹き出した。

「ペドロ!」

 と仲間を呼びに行くほどおかしかったようだ。ペドロも吹き、声をあげて笑った。
 おれは自分たちがバカな小学生になったような気がした。

「すまんすまん」

 ジェリーは笑いおさめて言った。

「あれはな。ネコだ」

「?!」

「数日前から、飼い猫が逃げたって件があがっててな。あそこにいたんだ。被害者のサマーセーターに、ネコの毛がついてた」

 おれはキースの傷を思い出した。たしかに、あれは――あのおっちょこちょい!


11月27日 ロビン〔調教ゲーム〕

ケイが聞く。

「被害者の家でネコを飼っていたということは?」

「ない。あそこは飼い犬がひどいネコ嫌いなんだと。それに地下にあった絨毯にもついている。DNAが家出ネコと一致した」

「じゃあ」

 フィルはさすがに憮然としていた。

「あの男はなぞの手紙をもらい、落とし穴に落とされ、ネコとすごすために放火を一日ずらしてもらったって言うんですか」

「ネコは迷いこんだか知らんが、手紙は人間が出した」

 フィルの目が光った気がした。

「指紋、筆跡鑑定の結果は?」


12月28日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ジェリーが渋りかけると、フィルは言った。

「ジェリー、ここにはフォン・アンワースという賢い男がいるそうですね。もう事件の全貌はつかめたんですか」

「デクリオンは出張中だ。だが、捜査報告はしているから、まもなく何がおきたか教えてくれる」

「ぼくはその男より早く教えてやれる」

 おれはフィルを見た。彼は涼しい顔で言った。

「互いに知ってる情報を出し合いましょう。エリックはさっき思い出したことがある。そっちは分析結果を」

 ジェリーは笑った。

「面白い。じゃ、うちのボスと競争だ」


12月29日  ロビン〔調教ゲーム〕

 おれたちは家に帰って、まず、おっちょこちょいのキースをポカポカ殴った。
 キースは事実を知って、殴られながらも爆笑していた。
 フィルはひとり自室に引っ込んだ。

「護民官府と推理対決?」

ミハイルも聞いて、あきれた。本人は分析結果を聞きだすためだ、と言ったが、どうだか。
 エリックは首をふり、

「あの負けず嫌いが。5歳児との徒競走だって本気で走るやつだ。この勝負に命賭けてるよ」

 アマデオに送られた手紙からは指紋は出なかったが、花粉が出た。ブルーデージーの花の花粉だ。


12月30日  ロビン〔調教ゲーム〕

 食事の席で、おれは話した。

「ブルーデージーはアマデオの家にはなくて、宿敵ガンビーノ家の中庭にあるんだと」

 ミハイルが聞く。

「じゃあ、ガンビーノとその犬のどっちかか」

「ところが、そのふたりにはアリバイがある。ガンビーノはアクトーレスと観劇。犬は鎖につながれていた」

「鎖は解けない?」

「その犬は指をかためられているらしい」

「相方のリアンはどうだ?」

 おれたちはああでもない、こうでもないと話しつつ、フィルを待った。
 フィルは自室にひっこんだまま出てこない。


12月31日  ロビン〔調教ゲーム〕

 翌朝、階下におりてくると、フィルがすでにダイニングにいてコーヒーを飲んでいた。
 おれはおはようという代わりに聞いた。

「解決した?」

 フィルはにんまり笑った。

「解決」

 おれはコーヒーを注いで、席に座った。

「また護民官府で恥をかくんじゃないだろうな」

「あれでよけいな情報が消えたんだ。まあ、見てろよ。フォン・アンワースの鼻をあかしてやるから」

 おれはデニッシュをとってから笑った。

「ねえ、なんでアンワースさんがきみに何したって言うんだよ」

 フィルはおれを見てきょとんとした。


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